入庁式で「君が代」斉唱、橋下知事「思想、良心の自由とかいってる場合ではない」憲法を踏みにじる知事発言に抗議し、撤回を要請

4月7日、府職労は、橋下知事が4月1日の入庁式で「君が代」を斉唱させ「日本国家のもとで、仕事をしてもらうのですから、思想、良心の自由とかいってる場合ではない」と憲法を踏みにじる発言をしたことに対し、強く抗議するとともに発言の撤回と入庁式等での「君が代」斉唱を行わないように求めました。

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思想、良心の自由は侵すことのできない永久の権利

憲法第19条では「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と思想や良心の自由は明確に保障されており、公務員であっても当然保障されるべきものです。
また、憲法第97条では、基本的人権は、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利であることを規定し、第99条では公務員が憲法を尊重し擁護する義務を負うことが規定されており、公務員は憲法に定められた国民の自由や権利を守る義務があることも明確になっています。
知事の発言は、府職員になったことを理由に「思想や良心の自由」を侵す発言であり、明らかに憲法違反です。私たち自治体労働者は、地方自治体に雇用された労働者であり、自治体当局に人格上従属するものではありませんし、その良心や自由を譲渡するものでもありません。

公務員であることを理由とする「君が代」強要は許さない

さらに、橋下知事は「国歌はきちんと歌うのが義務」と発言していますが、99年8月に施行された国旗国歌法は、国旗と国歌を定めただけの法律であり、国民が国歌を歌う義務の規定などは一切ありません。また、地方公務員法等でも「公務員が国歌を歌わなければならない」ことを規定していません。その背景には、橋下知事の政治的意図があらわれています。「君が代」を歌う、歌わないは、個人の内心の自由であり、強制することは内心の自由をも侵害するものです。
また、橋下知事は、新規採用職員に対し「みなさんは国家のもとで仕事をするのだから・・・」とも発言しています。しかし、府職員は国家のもとで働くのではなく、地方自治体である大阪府の職員として働くことが職務であることは言うまでもありません。戦前の天皇制のもとでは、都道府県は国家のもとに置かれ、職員は官吏として国家に仕える役人とされていました。戦前の大日本帝国憲法には、思想や良心の自由も保障されず、地方自治の精神もありませんでした。
しかし、日本国憲法では、日本の主権者は国民であることを明確に規定し、地域のことは地域住民が決めるという地方自治も規定されています。地方自治法では、第1条で「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする」第10条第2項では「住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う」とされています。
まさに、橋下知事の考え方は、地方自治の精神に反し、時代を戦前へ逆戻りさせる危険なものです。

自治体労働者の責務は憲法・地方自治を擁護し府民の生活や権利を守ること

この間、橋下知事は、自らを「政治家である」として、ことあるごとに「政治判断」という言葉を使い、府政を進めてきました。4月1日の部長会議でも橋下知事は各部局長に対し「政治任用という意識を持って、私と政治価値を共有し、結果を求めていきたい」「皆さんには私と同じ政治価値を共有してほしいし、難しいかもしれないが、政治感覚を研ぎ澄ませてほしい」と言い、自らの政治家としての考え方を押し付ける発言を繰り返し、さらなるトップダウンを進めようとしています。
知事は住民の直接投票で選ばれる政治家である一方、自治体の長としての責務も担っています。私たち自治体で働く労働者は「住民全体の奉仕者」としての職務を通じて、住民の生活と権利を守る責務を担っており、政治的圧力や干渉を排除し、住民の立場に立って働くことが求められています。このことは、憲法に規定されており、知事の政治的な考え方によって変化するものではありません。知事の個人的な思想や考え方を職員や府民に強要するのは大きな誤りです。

憲法を職場に生かそう

府職労は、橋下知事によるトップダウン、独裁的府政運営を許さず、組合員・職員の思想・良心の自由を保障するとともに、憲法を守り職場のすみずみに広げ、自由に意見の言える職場づくり、憲法や地方自治にもとづいた住民の生活と権利を守る府政をめざし、引き続き奮闘することにしています。